もしかしたら

浅田次郎の同名ベストセラー小説を、「おくりびと」の滝田洋二郎監督が映画化した感動時代劇! 主演は「柘榴坂の仇討」の中井貴一、「64-ロクヨン- 前編・後編」の佐藤浩市。共演は三宅裕司夏川結衣中谷美紀塩見三省堺雅人伊藤英明溝呂木宏紀ほか。感動を盛り上げる音楽は久石譲。あのまま役者続けていたらって入ってる人生もあったのかも・・・

 

史実の「水戸黄門」は、若いころグレにグレていた!

 
 

実際の光圀が遠出した記録を当たってみると、鎌倉に養祖母・英勝院の菩提寺があり、ここに数度足を運んだというのが、せいぜいなのだ。

ではなぜ、「漫遊」のイメージが定着したのか。

実は、若い頃の光圀はグレにグレていた。かぶき者のような華美な着物を身に着け、江戸屋敷を抜け出しては遊郭に通う。気に食わないことがあればすぐ刀を抜いて暴れ、因縁をつけて人を切る。

ところが18歳のとき、中国の歴史書史記』を読んで感動したのを機に、人が変わったように勉学に打ち込むようになったという。

そして、自身も歴史書大日本史』の編纂を思い立ち、佐々介三郎という、助さんのモデルとなる儒学者を全国各地に派遣。史料の調査、収集をさせた。

この佐々による調査が巷間に言い伝えられ、18世紀半ば頃になると、光圀本人が各地の大名の政治を視察する内容の小説『水戸黄門仁徳録』(作者不詳)が生まれる。

それが幕末以降に全国的な広がりを見せ、現在の「黄門像」が定着したというわけだ。

大日本史』編纂は、なんと明治時代まで続けられ、もともと楽ではなかった水戸藩の財政に莫大な負担をかけ、光圀の死後、農民による大規模な一揆も起きている。

史実の光圀は、ドラマの中で成敗されてもおかしくない、ダメ藩主だったのかもしれない。